第38章 【Desire】10 Namakoさまリクエスト
音楽室から、アヴェ・マリアが聞こえてくる。
うちの学校の合唱部は全国レベルだから、その旋律は心地よく胸に響いた。
「…大野先生…?」
美術準備室で、明日の授業の準備をしていた。
美術教師は俺一人だから、訪ねてくる教師は皆無で。
彼の訪問に驚いた。
「松本先生…」
「すいません、ちょっといいですか?」
「ええ。どうぞ」
放課後のざわめきは、ここまでは届かない。
隣の美術室では、部活の生徒たちが静かに絵を描いているだけで、本校舎とは違ってここは別世界だった。
「…静かですね…ここは…」
「そうですね…」
作業を中断させて、インスタントコーヒーを淹れた。
松本先生は、古い黒の革張りのソファに座りながら、リノリウムの床に目を落としている。
「…どうかしたんですか?」
コーヒーを差し出しながら、尋ねると彼は目を上げた。
「すいません…」
さらりとした前髪が、額にかかっている。
色白の頬は、少し青い。
意志の強そうな眉も、なんだか少し下がっている。
見ていられなくなって、目を逸らした。
マグカップを受け取る手が触れた。
心臓が飛び出すかと思った。