第29章 【Desire】1 あにゃさまリクエスト
とにかく、北に向かった。
今ここはどこなのだろう。
駅名を見ても、ここがどこなのかわからないほど田舎のローカル線。
車窓は田園風景ばかりで、たまに民家が見える。
向かい合わせのボックス席。
俺の隣には、穏やかな顔をした大野が居る。
膝に載せた旅行バックの下で、手を繋いでいた。
「ここ、どこだろうね…」
「さあな…どこでもいいだろ。人が居なきゃ…」
「うん。心地いいね」
こてんと大野が俺の肩に頭を載せた。
「…先生…」
「もう先生はやめろよ…」
「…じゃあなんて呼べばいい…?」
「翔でいいよ」
「じゃあ先生も、俺のこと智って呼んで?」
「…智…」
「…嬉しい…」
きゅっと握った手に力が入った。
ガタンガタンと電車の揺れに合わせて、俺達も揺れる。
「なあ、智…?」
「ん…?」
「俺、おまえに言ってなかったことがある…」
「な…に…?」
だんだん、智の身体が重くなってくる。
俺の視界も、霞んできた。
「俺な…」
かたんと手のひらから薬品瓶が落ちた。
コロコロと後ろの方へ、転がっていく。
「おまえのことが…好きだよ…」
答えない智の身体を、なんとか抱き寄せた。
「うれ…し…しょ…う…」
微笑みながら、智は俺の腕の中で息を吐き出した。
「キス…して…?」
ガタン…ガタン…
電車は、俺達を連れてどこまでも…
唇が重なった
END