第2章 始まりのキス
智父「座りなさい」
「何だよ父ちゃん」
その日の夕食後、おいらは父ちゃんに呼ばれて部屋に入る。
珍しく松兄も一緒だった。
おいらは父ちゃんの前にあぐらをかいて。
松兄はおいらの後ろに正座して座る。
智父「いい加減父ちゃんは止めないか」
「別にいいだろ?」
智父「まったくお前は…マイペースにも程があるぞ」
「そう?」
少しだけ笑った後、父ちゃんは直ぐに険しい顔付きに戻る。
「松本組の話?」
智父「………そうだ」
「だよな」
内容は…何となく分かってた。
智父「先日の昇龍会の会長の件。会長が正式に引退を表明した。今度…盛大に引退式をやる事になった」
「………そうかぁ。じぃちゃん辞めんのか」
関東の暴力団体を牛耳る関東昇龍会。
その会長…いわゆる関東のヤクザの親分。
生田組の会長の引退。
もう御歳…80歳近いだろうか。
父ちゃんは…『今まで出会った人間の中で1番恐ろしい男』だと言ってたけど…歳取ったからか。
おいらが見ていたじぃちゃんは穏やかで…お姉ちゃんが大好きなスケベなじぃちゃんだった。
跡継ぎの居ないじぃちゃんはいつもおいらを可愛がってくれた。
そのじぃちゃんが…引退する事になった。
恐らくそれは…生田組も解散するという事。
ひとつの時代の…終わり。
智父「どういう事か…分かるな智」
「………跡目争い…だよな」
智父「そうだ。恐らく…うちか松本組かどちらか…」
「成る程…それでこの間あんな提案してきたんだな。そういや父ちゃん…あの件は受けたのか?」
智父「いや」
「………」
智父「うちには不利益な話だからな」
「………面倒臭い道選んだなぁ父ちゃんも」
智父「まぁ、そうだな」
「ふふっ」
よく似た顔の親子が向かい合って笑う。
智父「とにかく…跡目候補がどうなるかは分からないが…今度の引退式…気を引き閉めてかからないと駄目だぞ。智」
「………分かった」
おいらは大きく頷きながら…拳を強く握り締めた。