第36章 ・義兄遠征中の話 その2
そういう訳で牛島文緒はしばらく義兄の若利がいない日を過ごす事になる。自分の事で男子バレー部の面々と文芸部の仲間を巻き込んでしまったのは心痛むものがあるが巻き込まれた方が比較的好意的なのは幸いである。特に文芸部仲間はノリノリであり、奥方に悪い虫がよってきたらどう撃退するかなどとよくわからない話題まで始める始末だ。
「奥方じゃないんだけど。」
文緒はぽつりと友に言うが聞き入れてもらえない。ほぼ将来決まってるだろうと言われた。
「もう、みんなして無茶苦茶ばっかり。」
ぷうと膨れる文緒に友含め文芸部の連中はまあまあとなだめる。それよりと誰かが言った。帰りにみんなで寄り道しないかという提案であり、旦那がいないんだから文緒さんもという話である。
「あの人は兄様であって旦那様ではありません。」
勿論文緒のこの抗議も流される。それより来ないのかと聞かれた。
「行きます。」
文緒は即決した。なかなかない機会だ、仲間と一緒なら早々問題もあるまい。
「家に連絡しておきますね。」
ガラケーを取り出すと友が何事か言った。
「邪魔になるからしないよ。」
旦那へは連絡しなくていいのかという問いに文緒はそう答えてガラケーの操作を続けた。
一方若利である。この東北から来た選手は遠征先でも変わらず寡黙でひたすらに鍛錬に励んでいる。辺りに響くボールが叩かれ跳ねる音、飛び交う声、シューズが床を擦る音がその激しさを物語っていた。しかし
「いや特には。」
休憩時間、一緒にいた連中で以前より自分を知る者から何かあったのかと聞かれて若利はそう答えていた。
「何故だ。」
聞かれる理由がわからないので聞き返すと何か雰囲気が変わったと言われる。若利は特に心当たりがないと言いかけてふとやめた。
「強いて言えば妹が出来た。」
勿論多くの連中は勘違いした。誰かが耳を疑って聞き返したくらいだ。
「産まれたんじゃない。」
若利は訂正を入れたが言葉足らずで聞き手達を更に混乱させる。
「親を亡くした遠い親戚の娘を親が引き取った。歳が俺より下だから必然的に妹になる。」
おおと色めき立つ聞き手達の1人からそれを早く言えと突っ込まれた。
「すまん。」
若利が呟くと今度はどんな妹なのかと聞かれた。