第12章 退紅(あらそめ)scene2
「なるほど…全部抜けてるのね…」
事務所から離れたところにあるスタジオの一室。
事務所で貸しきって、リハーサルに使っているビルに呼び出された。
女性幹部はタバコを指に挟んだまま、眉間を押さえた。
「表に出す気はないみたいです…」
「金、ね…」
男の名刺をひらひらさせて、なにかを思案している。
「一度払うと、どこまでも…」
「そうね…何度もあるからねそういうこと…」
煙を吸い込むと、細く細く吐き出した。
「櫻井…」
「はい」
「ごめんね…」
その響きは、母のようで。
「後はこっちでケリつけるから」
これを表に出さないために、あのスキャンダルを世に出したのに…
これじゃ…傷つき損…
ちょっと笑えてくる。
帰りの車内で、一人笑いを噛み殺す。
ひとしきり笑ったら、笑うことができなくなった。
負の連鎖…
もしかして、それに嵌まろうとしているのかもしれない。
でも守らなきゃいけない。
俺は、智くんを守るって決めたんだ。
バックミラーに写る、自分の顔が青白くてびっくりした。
目の暗さが…井戸の底を思わせた。