第2章 優しい悪魔
服を脱ぐのを手伝ってくれる母ちゃんの手が小刻みに震えていた。
セーターを脱がしたところで母ちゃんの目が大きく見開かれた。
母ちゃんの顔が苦しそうに歪められた。
「母ちゃん…クッキーせっかく作ってくれたのに渡せなかった。…ごめん…」
その言葉にとうとう耐えられなくなったのか、母ちゃんは脱衣場から出ていってしまった。
鏡に映った自分の姿を見た。
頬は明らかに殴られた痕だと分かる程腫れ上がり、胸には無数に散らばる赤い痣…
ベタベタもいつの間にか乾いて、皮膚の上に乳白色の膜を作っていた。
未だヒリヒリと疼く小さな蕾からは、一本の赤い筋…
茫然としたまま、ただその場に立ち尽くしていた。
近道なんてしなきゃ良かった…
ちょっとぐらい遅れたって、「ごめん」って一言謝ればすむことじゃないか…
プレゼントだって、もっと早くから準備しとけば良かったんだ…
そしたら母ちゃんに涙を流させずにすんだんじゃないか…
今更後悔したって仕方がない…
けど、後悔せずにはいられなかった…
その年を最後に、母ちゃんは豪華な料理を作ることも、ツリーも飾るのを止めた。
そして俺も、父ちゃんの靴下を枕元にぶら下げるのを止めたんだ。