第5章 退紅(あらそめ)scene1
この人のキスは官能的で。
初めて唇を合わせた時、こんなキスがあるのかと心底驚いた。
どれだけでもキスをしていたい。
貪りたい。
もういっそ、この人を食い尽くしてしまいたい。
そう思った。
その後、どんな子とキスをしても、物足りない思いをしてきた。
今日のキスも、いつもの通り夢中になった。
俺の羞恥など構わず、唇を割って舌が侵入してくる。
男とキスをしているという背徳感も、加わり余計に昂ぶる。
あの人の香りが鼻孔を擽ると、徐々に理性が飛んでいく。
唇を割って入ってきた舌は、俺の口の中を自由に動き回り、やがて俺の舌を絡めとる。
唇は、その間も俺の唇を弄び、捕まえようとすると嘲るように逃げていく。
合間合間に聞こえる喘ぎ声は、絶対に普段は聞けない、艶のある声で。
角度を変えて、俺の快感のポイントを探ると、的確に見つけてそこを舐めとっていく。
深く、浅く、俺はこの人の舌で侵されていった。
頭の芯がぼーっとするまで、それは続く。
俺の思考が上手くできなくなったところで、あの人は離れていく。
無言で車を降りていく背中を、今日も虚しく見送る。
いつもそうだ。
こんなに気持ちよくしておいて、後は放っておかれる。
酷い、と思う。
けど、それ以上踏み出せないのは、きっと俺のせいで。
俺の理性が、あの人とこれ以上の関係になることを拒否している。
この関係を崩すのが怖いのか。
あの人が男だからか。
傷つきたくないのか。
それともその逆なのか。
その全部なのか。
敏感なあの人は、きっと俺の心を読み取って、これ以上してこないのだと思う。
車のシートに深く腰掛けて、身体の昂ぶりを抑える。
何度こうやって一人で過ごしたことか。
それでも俺はやめられない。
きっとまた、あの人の唇に溺れる。