第5章 退紅(あらそめ)scene1
梅雨入りしたと天気予報では言っていたが、いい天気が続いている。
この時期の雨が嫌いな俺にとっては、なんとも嬉しい事だ。
今日は、レギュラーの収録日で、俺は車で現場に入ることになっている。
運転していると、街の空気が気持ちいい。
ごきげんで運転していると、ぷらぷらと歩いている、うちのリーダーを発見した。
何をやってるんだあの人…
車を近くまでつけ、声を掛ける。
「智くん!智くん!」
怪訝な顔で振り返る。
「何やってんの。歩いて局入るの?」
周囲に誰もいないんだけど、つい声を潜めてしまう。
「ああ、翔くんか…」
そう言うと、何も言ってないのに助手席に乗り込んでくる。
香水でも、柔軟剤でもない、この人独特の香りが車内に広がる。
「おはよ、翔くん」
そう言うと、智くんは艶やかな微笑みを向ける。
いつもそうだ。
心を許した人間には、とろけるような顔をみせて、相手を陥れるんだ。
最も。
この人は、それを計算でやっていない。
本能でやっているんだ。
「…じゃあ車、出すよ?」
「うん」
そのまま智くんは座席に沈んで寝てしまう。
どんだけ無防備なんだよ…。
舌打ちしたい気分で、車を走らせる。
でも、俺の心は浮き足立っていた。
この人と、ふたりきりでいられることが、とても嬉しかった。
なんでかわからない。
ただ、この人の傍に居ると、それだけで幸せを感じる。
駐車場に入ると、智くんを揺り起こす。
「着いたよ?起きて?」
「んー…」
まだ目を開けない。
しょうがなく、肩を揺する。
「起きてよ。智くん」
「はぁ…」
その時、智くんの唇から、小さく吐息が漏れた。
俺はその唇をしばし見つめると、触れたくてしょうがない衝動に駆られた。
不意に智くんが目を開ける。
俺の瞳の奥を覗きこんでくる。
俺は、さっき抱いた邪な心が読み取られないように祈った。
でも…
智くんの両手は俺の首に巻きつき、その唇は俺を捉えてしまった。
いつもそうだ。
少しでも俺が劣情を抱くと、この人は敏感に察知して、それを実行してしまう。
この時も俺は、この人の唇に溺れていった。