第5章 7月
―梟谷バレー部と噂の妹―
それは4月末に行われた関東大会予選、梟谷vs音駒の戦いが終わった直後の話。
「木葉、あの娘可愛くね?ほら、あっちの、えーと…赤い横断幕の右の方にいる…」
「どれだよ……あー、あの娘?茶髪のポニテ?」
「ちげえよ!その隣の隣!」
次の試合が始まるまでの短い自由時間、木兎と木葉は体育館2階の観戦スペースで、恒例の可愛い女の子チェックに明け暮れていた。
「おいおい隣の隣って男だろ、木兎ソッチの趣味あんのかよ」
木葉はふざけて怯えるような仕草をして木兎から距離を取る。
「いや逆だって!…あれ、そういや小見やんは?」
木兎がそう言うのとほぼ同時にリベロの小見が青ざめた顔をして二人の元に走ってきた。
「大変だッ!これ見てくれ!」
その手に握られているのはマネージャーから借りたであろう大会の選手名簿。震える手で冊子を開くとそこは先程対戦した音駒高校の情報が記載されていた。
「小見やんどーした、そんな焦って…」
驚いたように木葉は言う。
「ココ見てくれ、さっきの音駒のマネージャーの名前…」
小見が指差す先を二人が覗き込む。
「…黒尾鈴って…えっ、く、黒尾ぉぉ!?」
「バカ木兎っ、声がでけえよ」
すぐさま木葉がミミズクヘッドをバシッと叩き黙らせるが、木兎の声に驚いた周囲の観客がちらちらと三人の様子を伺っていた。
「これって…妹、かな…」
ボリュームを抑えた声で小見が再び喋りだす。
「同じ名字なら親戚って線もあるんじゃね?」
暴れる木兎を羽交い締めにしながら木葉はそれに返す。
「…何にしろ、いくら可愛くても…」
「…ああ、黒尾の血縁者とか…」
「怖くて手出せねえよ」
「怖くて手出せねえな」
二人は黒尾の腹黒い笑みを思い出し、顔を見合わせては震えた。
やっとの事で木葉の羽交い締めから抜け出した木兎は、一人興奮冷めやらぬ様子で、誰に言うでもなく叫んだ。
「クソー!ずりぃぞ黒尾ぉ!俺も!俺も可愛い妹が欲しいいい!」
「…何してるんスか木兎さん、他の観客の迷惑です。それと先輩方、次の試合始まりますから集合して下さい」
「…ヘイ」
「…おう」
「…わかった」
鉄仮面赤葦に先導され、雑念にまみれた3人は悶々とした気持ちのまま次の試合に向かった。