第20章 9615km 日本
彼女から香る花園の、薔薇…か。アーサーさんの家にある薔薇園の香りが。
それから、微かに紅茶の香り。
「…どうかしたんですか?」
一言も発さない彼女から身体を少し離し、見上げる。
そこには、目尻を下げ、先程みたいに柔らかく笑った彼女。
毎度毎度思う、アーサーさんに似て、整った顔をしている。
「ローナ…さん…?」
「やっと、」
「…えっ」
「やっと、こうすることが出来た。ずっと、こうやって菊を抱きしめたかったんだ」
真っ直ぐ、彼女の瞳は私を捕らえていた。
「ずっとずっっと、お前に会いたくてたまらなかった。仕事中だってお前の事ばっか考えてて、世界会議の時だって、気がつけば本田の事ばっか見てた。
自分でもどうかしてるって、おかしいって、俺…フランシスにも相談した。そしたら、本当に好きだっていう気持ちがあるからなるって言われて、」
曇のない笑顔で私に語るローナさん。
ここまで来るのにどれだけかかった事か。
彼女はとても恋愛に疎かった。それはそれは、疎かった。
今、このように恋愛について語るなんてあの頃のローナさんには絶対出来なかったのだ。
でも、それほど私を思ってくれていた事が嬉しくて。
私には恥ずかしくてとてもできないことをできてしまう彼女を羨ましく思うのと同時に、可愛くて可愛くて仕方ない。
「…I love you.」
「…わ、私、は…」
文で書いた、あの1文をいざ言葉にするのはとても難しかった。
日本という国は、恋愛事に消極的なのだ。
フェリシアーノくんやフランシスさん、アルフレッドくんたちのように大胆な行動はできない。
あちらで言う挨拶のハグやキスなんて、考えただけで恥ずかしくて。
「…本田…?」
心配そうに顔をのぞき込むローナさんの瞳を見た。
ここで言わなければ、日本男児の名が廃る。
つり目がちの瞳を見て、心を決める。
本当に好きなら、言えるはず。
深呼吸をして、あの言葉を。
「私も、貴女の事を愛していますよ。」
End