第32章 散華 日※閲覧注意
ただ、昔の様に笑い会えたならそれでよかった。
髪を撫でてくれたら、それでよかった。
貴方の照れくさそうにはにかむ顔が見れるのなら、それでよかった。
この想いを伝えることが出来るのなら、それでよかった。
「本田さんの…お傍に、影のように寄り添っていたい…」
「…聞こえていますよ」
一瞬…ひぐらしの鳴き声が止んだ一瞬、凛とした低音、それでいて掠れた声が風のように胸に流れ込んで来た。
暫く自分の声とぽちくんの鳴き声しか聞いていなかった耳は、大袈裟と呼んでもいいほどにその声に反応した。
ずっと聞きたかった、この人の声。
寝起きのせいで若干掠れてはいるものの、紛れもない…本田さんの声だった。
「貴女の声…言葉、思い…ちゃんと届いていますから。」
そう言って柔らかく微笑み、握っていた私の手を弱く握り返した。
上半身をゆっくり起こすと、反対側の手で私の髪を優しく撫でてくれる。
暖かくて、安心して、涙がまた零れた。
どうしてか、本田さんの目からも同じものが零れた。
「…ありがとうございます、暦さん。」
今まで胸の中で溜まっていた何かが、弾けたように私は彼の胸に飛び込んだ。
どうしてだろう。
貴方がこうして目を覚ましただけで、空がこんなにも明るい。
END