第32章 散華 日※閲覧注意
自分よりも弱い者を見る顔に顰めることなく、
ただ唖然とその場で立って彼を見つめていた。
「なかなかの戦いだったじゃないか、また機会があれば今度はゆっくり話し合おう」
水面に写った私を容赦なく踏みつけて門を出ていく背中に背負った50の数字を、見えなくなるまで見つめているだけで、皮肉を並べることさえ出来ずにいた。
負けたのだ 彼に。
炎風が私に、その現実を突きつける。
身体が痛い。 ガラスが刺さった様な痛みが全身を駆け抜ける。
数週間前のキズより、昨日のキズより、その現実が痛かった。
動悸が治まらないまま柄にもなく足音を響かせて、奥の寝室に駆け込んだ。
襖を荒々しく開けると血と畳、この国独特の蒸し暑さを五感五臓六腑で体感する。
目の前にはやせ細った青白い肌の、私の愛しい人。
死んだ様に眠っているその人の隣りに倒れ込むように座った。
震えるこの手で漆黒のシルクのような髪を撫でて冷たい頬に添える。
以前の柔らかい感触は、そこには全くなかった。
「…本田さん、今朝園庭に朝顔が咲いていましたよ。
綺麗だったので、朝食も作らずにずっと見ててしまいました。」
私は一体何をしているのだろう。
この人が今日目を覚ますなんて、そんな根拠どこにも無いはずなのに。
話しかけたって、誰も返事をしてくれないのは分かっているでしょうに。
「あ…そうです、最近蒸し暑いのに曇ってばっかで洗濯物が一向に乾かないんですよ。なんか生乾きーみたいな……」
瞬間、私の後ろから嫌な気配を察知した。
気配に気づいて間もなく振り返って見たものの、案の定この部屋にいるのは私達二人だけで。
自分の意志とは関係なく動いた腕が左腰にぶら下がってる脇差を握り、震えている。
「……なに、」
情けなく怯えた声音で、意味もなく呟く。
もしかして、祖国(私達)に憎悪の志を抱いたモノの悪霊なのか。
そう思うと怖くて怖くてたまらなくなった。
霊に対する怯えよりも、自分の国の民が悪霊となってしまった事が。
「…私、は…国民一人すら安らかに還らせる事すら…出来ないんですか…」
自分で放った言の葉が見事に命中して、血が流れるように瞳から涙が溢れた。