第31章 aquarium(中村)
「紗友?暇だろ?」
「は?」
「良いとこ連れてってやるよ。」
「えー…何か恐いんで遠慮しておきます。」
「後悔はさせないよ。ほら。行くぞ。」
手に持っていた鞄を奪われると強行で逃げるわけにもいかない。
「中村さん!ちょっと行き先くらい教えてくださいよ。」
「んー。秘密。」
人差し指を口元に寄せて、ウインク。
いい歳の男性なのに様になってしまうのは何かトリックでも…
いや。魔術でも使ってるんじゃ無いかと本気で疑う。
「何だよ。その疑いの目は…」
「いや。中村さんは何年経っても変わらないなーって思っただけです。」
「どう言う意味だよ…それ。」
「褒めてるんですよ?老けないって。」
「オヤジ臭もしませんし。」
スンスンと鼻を鳴らすと咄嗟に一歩下がる。
「お前っ!嗅ぐな!」
「えー。良いじゃないですか。減るもんじゃないし。」
「じゃあ、お前のも嗅いでやるよ。」
手首を掴まれ引き寄せられる。
スンスンと耳元で聞こえる音に咄嗟に中村さんの頬に掌を当てて引き離す。
「セクハラですよ!」
「バカっ!んな訳ねーだろ!」
周りからは「またやってる。」とやや冷ややかな声もチラホラ。
さすがに周囲の目が気にならないと言えば嘘になる。
こう言うやり取りが好きだったりするし。
今、こうして中村さんとの関係。
友達でもないし、もちろん恋人でもない。
それでもこうしてじゃれ合えるのは嬉しい。
そう。これが本音。
でも、ここはスタジオ。
だから、こうしていることが場違いなのは一目瞭然。
私達は、早々にスタジオから立ち去った。