第31章 aquarium(中村)
「この水槽何もいねぇのな?」
誰もいない水槽の前の手すりにもたれ中を覗き込む。
「んー。そうですね。何もいない…」
他の水槽には家族連れや友達同士、カップルが楽しそうにラッコやカワウソの動きに楽しそうに反応してる。
何もいない水槽には誰も寄りつかない。
水の中には魚が泳ぐ。
水槽と展示室の大きさ比べて小さい魚たち。
魚の紹介プレートも無い。
手すりに肘をついて、頬杖をつきながらボーッと泳ぐ魚を目で追った。
すると、急に暗くなる右の視界。
「おー!ほら。見てみろ。上にいるぞ。」
近づく頬に咄嗟に体を引く。
「何で逃げるんだよ…」
「傷つくなぁ…」
小さくため息をついて水槽を見上げる。
「だって。…急に近付くから…」
「オレさ。そこそこ人気あると思ってるんだけど。」
「勘違いなのかなー。」
口をとがらせて、見つめる先を目で追う。
「あ。シロクマ!」
「やっぱりオレはシロクマにも勝てないのか…」
「シロクマは人気者ですもん。」
「絶滅危惧種ですし。」
「これから先こういう所では観られなくなるかもしれないんですよ。」
「そう言う問題じゃねーよ。」
何だか寝そべって疲れてるように見えるシロクマ。
高いところから、下を泳ぐ魚を目で追うものの獲物として見てるわけでは無さそう。
それを手すりにもたれて見つめる中村さん。
何だか似てて笑ってしまう。
「何笑ってるんだよ。」
顔を覗き込んで、低いトーンで囁かれると心臓が跳ねるよう。
肩に回される腕で逃げ道はふさがれた。
「何で笑う?」
「えっと…離してくれませんか…?」
「答えたら離してやるよ。」
「無駄に良い声で囁かないで下さい。」
「あ?」
「私なんかに安売りしないで必要としてる人のために囁いてくださいよ。」
「本当に口が減らないなー。」
私の唇をつまみ顔を近づける。
「んーーー!」
「はいはい。怒るな怒るな。」
頭をポンポンと撫でられ、オーバーヒートしそう。
「暗くてよく見えねーな。」
「次やるときは明るいとこにするか。」
少し暗めの照明に感謝するしかない。
今、絶対に顔が赤い。
そんな姿見られたくない。
「シロクマまたなー。」
くるりと向きを変え、寝そべるシロクマに手を振る。
「中村さん!もう少し…シロクマ見てます。」