第1章 まず下の名前で呼び合おう
さて、俺が呼ぶようになっても、それだけじゃ駄目なんだ。
お互いがお互いを呼ばないと。
「でさ、なまえに頼みがあるんだ」
「頼み?私に出来る事なら」
君にしか出来ない事だ。
他の誰かでは意味がない。
なまえだから言ってほしい。
「俺のこと、名前で呼んでほしいんだ」
呼びたいし、呼ばれたい。
俺だけじゃなくて、二人で特別になりたい。
親しみを込めて、呼びたい。
それは彼女だからこそ、彼女だけに思う事だ。
まるで熟れた林檎のように頬を染めるみょうじさん…いや、なまえをじっと見つめた。
ぱくぱくと開いて閉じるなまえの口にもう一押し。
「呼んでくれないかな?」
なまえの目線に合わせた。
この気持ちが伝わるように。
目線があっちこっちに泳いでる。
分かるよ、俺も苦労したから。
「しゅ、俊、くん」
とても小さい声だったけど、消える事なく俺の元に届いた。
あぁ、嬉しい。
ただ名前を呼ばれただけなのにこの喜びといったら。
君付けじゃなくて呼び捨てだと尚嬉しいんだが。
「俊、だよ」
「…俊。くん」
訂正するが、なかなか難しいようだ。
彼女は首まで真っ赤だ。
とりあえず呼び捨てはいつかの目標にするとして、今はこれで充分だ。
呼ばれる度に自分の名前がなんだか特別なものに感じた。
こんな事ならもっと早く名前を呼んでいればよかったと後悔したが、結果オーライだ。
「ねぇ、俊くん」
「ん?」
「なんだか近くなった気がするね」
恥ずかしいのか控えめに笑う彼女もなんだか嬉しそうで、そうだなって笑顔を返した。
まずは下の名前で呼び合おう。
名前って、きっと君に近付く呪文だね。