第28章 幸せって甘い
「……」
気が付くと、そこは見覚えのある景色が広がっていた。
一人の男ーーー高杉晋助は、辺りを見渡すと眉を顰めた。
そこは、10年以上も前の風景だったのだ。
「……」
何もない田舎道、そして遠くには民家が見える。
向こうは、かつて自分の家があった場所。
そしてその反対側には、あの松下村塾があったはずだ。
なぜ、自分が今こんなところにいるのだろう。
また夢でも見ているのだろうか。
夢なら、今すぐにでも覚めてほしい。
だが、しばらくこの風景を眺めてみても、拳を強く握りしめてみても夢は覚める気配がなかった。
このままこうしていても仕方がない。
高杉は舌打ちをして仕方なくゆっくりと歩き始めた。
「……」
しかし、驚くほどよくできた夢だ。
見る景色は見事にあの頃そのままで、あやふやだった記憶を鮮明に思い出させてくれた。
あの屋敷に戻れば、父親はいるのだろうか。
松下村塾に行けば、松陽先生も、銀時も、桂もいるのだろうか。
もう今さら、そんなもの見たくもない。
そんなことを考えながら重い足を何とか引きずっていると、満開に咲く桜の麓に一人の小さな影があった。
少し気になったが無視をして歩を進めようとした途端立ち止まる。
あの日の光景と全く同じだったからだ。
ゆっくりと近付くと、小さな影も高杉に気が付いたようで後ずさった。
「…?」
その影の正体は一人の小さな少女で、高杉が顔をのぞき込むと少女は驚いて顔を両手で隠した。
「………!!!」
なんとなく見えた少女の顔を見て思考を働かせる。
見覚えのある顔だった。
「…あ、」
「…お前、凛か……?」