第4章 紫陽花(三井)
“大きくなったらパパのお嫁さんになる”
そう言ったヨシノを、父は目を細めながら抱き上げた。
“どうしてだい?”
そう聞く父に、ヨシノはキャッキャッとはしゃぎながら答えた。
“だって、そうしたら───”
無邪気なその言葉に、父が見せた嬉しそうな顔。
あれから15年。
「自分の理想や価値観を押し付けないで」
ヨシノは汚物でも見るかのように、険しい顔の父を睨んでいた。
父も汚物でも見るかのように、娘の左手薬指に光る指輪を睨んでいた。
“大きくなったらパパのお嫁さんになる”
二人に笑顔をもたらした無邪気な言葉は、セピア色のカケラとなって父の記憶に残っているだけ。
「お父さんは私が幸せになるのを許してくれないのね」
父はもう娘を抱き上げることができないし、娘ももう父に屈託のない笑顔をみせることができなくなっていた。
そして、深い、深い溝が埋まることもなく、ただ時間が過ぎていたある日。
ヨシノの携帯電話に、一本の電話が入った。
「こちら北村総合病院ですが、モリスヨシノさんの携帯電話でよろしいでしょうか。三井寿さんのことでご連絡いたしました」
次の言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。