第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
三成は、そんな湖の顔をじっと見た後に、ゆっくり口を開いた
「湖様、私は明日安土に戻らなければいけません…」
「っ、かえっちゃうの?」
「ええ。でも、また来ますので…どうか、元気にお過ごしください」
にこりと微笑む三成に対し、湖の表情は暗く沈む
「そんな顔をしないでください。戻れなくなります」
苦笑した三成に湖は…
「…こんど…こんど、みつなりくんがくるときは、おうまさんでいっしょにおさんぽしようね…」
「喜んでお供します」
「やくそくね」
三成の額に、一瞬落とされたのは湖の唇
少しだけ驚いた表情を浮かべた三成は、次の瞬間嬉しそうに口元をほころばせた
「約束します」
その翌日、三成は早朝に春日山城を後にする
見送り出来なかった湖は、散々泣いて信玄を困らせることとなった
「かねつぐが、おこしにきてくれなかったんだもんっ」
「湖様、某は…」
「いーや。湖、兼続は起こしに来たし、俺も起こした」
「あとちょっと…って、抱きついたまま寝てたのは、ちびすけだぞ」
兼続に、信玄、そして幸村に言われ
頬をぷっくり膨らませ涙目で黙る湖はまだ寝衣のままだ
「ちびすけ。いいかげん、着替えてこい」
「湖、もうちびじゃないもん!」
「ったく…」
幸村は、信玄の褥の上から動こうとしない湖を小脇に抱えると「置いてきます」と言い部屋を出て行った
部屋を出ても、湖と幸村の言い合いは信玄の部屋まで届いている
「まったく…湖の目覚めは時間がかかる」
「某、本日初めて見てしまいました…」
兼続がそういうのは、湖の寝方だ
先日話が出たのが気になったのか、早朝三成が出る前に申し訳なさそうに幸村と部屋を訪れたのだ
そして、信玄の上で信玄を抱えるように跨がったまま気持ちよさげに眠る湖を見て、「…承知しました」と肩を落としたのだ
「兼続、謙信はどうしたんだ?」
近頃姿を見ない謙信の事を兼続に問えば、「実は…」と話を始めた兼続
それに信玄は眉をひそめ、聞き終えたと同時に謙信の部屋に向かっていくのだ