第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
止めようとするも、少し離れたところにいた湖は気にする様子もなく袴を脱いでしまうのだ
「こ、こらっ!止めっ…」
ぽーいと、袴を脱いでしまえば
今度は着物の裾を持ち上げて水遊びを始めてしまうのだ
「…っあの娘は…」
「くくっ…」
「謙信様が…笑ってる?」
「あ、あぁ」
佐助と幸村は、湖の行動にぎょっとしたものの
今は近くで声を殺すように笑っているだろう謙信に目がいっている
「珍しいだろうが、謙信も人間だからな。笑うことだってある。それより、湖だっ!お前達にこっちは任せるからな」
信玄は、謙信のそれに構わず早足で湖の方へと歩いて行くのだ
バシャバシャと海の水を蹴る湖の側に行くと
「こらっ!話を聞きなさい、湖」
「ん?なぁに?ととさま」
光が当たって稲穂のようにきらきらと輝く髪
そんな髪を押さえて振り向いた湖に、信玄は目を奪われる
「…ととさま?」
目を見開く信玄に、湖は「あれ?」と首を傾げて近付いた
よく見れば、着物ももう水に濡れている
「ったく…もういい。存分にまず遊べ」
「はーい」
手を上げて元気に返事をするのは、こどもそのもの
「仕方ない」と信玄は湖に背を向けて海辺から離れ袴を拾う、そして近くにあった流木へと移動すると腰掛けた
その頃には、謙信達もその場にやってきた
「謙信様、あれはいいんですか?」
「構わん。飽きるまで遊ばせれば、それで済むだろう」
「飽きるまでって…あ、転んだ」
「問題ない。ああなる前から水浸しだ…今更だな」
どのくらいそんな湖を見ていただろうか
やがて、小さなくしゃみが聞こえるとすぐに謙信がびしょ濡れの湖を抱えて来たのだ
「くちんっ・・」
くしゃみをして、口元を塞ぐ湖は失敗したという表情を隠さない
そして、その湖を抱えて戻ってきた謙信の眉間には皺が寄っている
「近くの宿を探すか。風呂を借りて、着替えるしかないだろう」
湖の着替えは万一に備えて持ってきてはいる
謙信のは乾かすしか無いだろう