第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
にこにこと、苦労を察しない湖の鼻を摘まみ信玄は苦笑した
「…呑気に返事をしてくれるなよ」
「ととさまは、湖の秘密を知ってしまったのです。責任は取ってくださいませ」
摘ままれた鼻の事など、気にもとめず
ふふんと、足をパタパタと振る湖は六つの時のようにすっぽり自分に収まってはいない
九つの時のように、ただ泣きじゃくるわけでも、甘えるわけでもない
今、自分の抱える娘は
しっかりと自分の考えを持ち行動している
外見的にも、以前の湖とそうそう変わらない背丈
そして、以前から知っていた甘い花の香りもしっかりと感じられる
はぁーーーと長いため息の後、信玄は娘の身体を引き寄せ抱えた
そして、自分の顎を湖の頭に乗せ
もう一度ため息をつく
(娘か……嬉しいやら、残念やら、心配やら・・いや、心配の比重が明らかに多いだろうな。この先、俺は娘の心配をして胃を痛めそうな気がして堪らないぞ…)
「甘いものを控えて、胃に優しいものを食おう」
「…?ととさま、胃もへんなの?」
(おかしいな…靄は胸だけなんだけど…)
首を傾げる湖に、信玄は「んー、まぁな」と上の空の返答を返した
襖の外にした幸村は、部屋の気配が変わったのを感じた
先ほどまで、小さく聞こえていた咳の音はしない
さらに、先ほどから笑い声が聞こえ漏れるのだ
(湖を呼べとは言われたが…一体どうなってるんだ)
片足に手を乗せ立ち上がると、部屋の主に声かけた
「信玄様、失礼します」
「あぁ、入れ」
幸村は、かかった声色に安堵の顔を浮かべ部屋に入った
目に入ったのは、褥の上で湖を抱える信玄だ
「……」
眉間に皺を寄せ、あからさまに睨んだ幸村に対して信玄が宣言する
「幸、俺は正式に湖を娘にすることにした」
「…はぁ?!何を血迷って…っーか、あんた。治ったのか…」
「この通りな。心配掛けたな、幸」
幸村の肩も、先ほどの湖同様下がる
安心したのだと、見てわかる