第10章 無知と無垢
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気付けば、その場に残されたのは柚子を守るように立ちはだかる一体の大太刀と、ただ呆然と立ち尽くす柚子だけになっていた。
大太刀の前に、同じく大太刀である蛍丸が対峙する。
刀を構えた蛍丸は、斬りかかるタイミングを図っているようだった。
「………、」
大太刀の陰に隠れている柚子が、何事かを呟やく。
ぴくり。最後の一体となった歴史修正主義者は動きを見せ、そして。
「…!」
刀を静かに下ろした。
「…どういうつもり?」
蛍丸が問う。
敵対する大太刀はなんの反応も見せることなく、そのまままるで霧のように消えた。
「柚子ちゃん……?」
男は思わず呼びかける。
柚子は自分のつま先を見つめたまま、ぽつりと言葉を零した。
「もういい」
それは、諦めだった。
「もう、いい」
男は息を呑む。
もういい、とは。
彼女は何を諦めたのだろうか。戦うことか。この本丸をどうにかしようとすることか。
けれど、そんなことではないような気がした。
彼女が諦めたのは、そんなものよりもずっと大きくて大切ななにかだ。
「蛍丸」
行き場のない殺意を纏った蛍丸を呼ぶ。
蛍丸は男の瞳をじっと見つめた後で、その小さな身体には不釣り合いな大きな刀身を静かに鞘に納めた。
誰もかれもが、柚子にすでに戦意がないことは気づいていた。