第5章 瑟瑟と
しばらくして、望月が足を止めた。
男は辺りを見回す。僅かな穢れの気配。
嫌な予感に、警戒を強める。
どくどくと血液が逆流するような感覚。全身が心臓になってしまったように脈打つ。嫌な鳴り方だ。
確実に近づいてくる気配に、男は望月から降りると、頭をひと撫でして語りかけた。
「望月、お前は行け。ここまで、ありがとうな」
男が言うや否や、この賢い馬は鼻を鳴らして山を下りていく。
それを見送ると、男は近づいてくる気配に身構えた。
恐怖で足がすくむ。ろくに状況判断もできない。
仕方がないことだ。
男は一般人で、戦場に出たことなんてなければ、戦術を心得ているわけでもない。
審神者という特殊な職についているだけの、ただの、どこにでもいる一人の男だった。
それでも、ここにきたのは喪う怖さを知っているから。喪うことに、男がひとより少し、弱くて臆病だから。
だから、ここにきた。
武器になるものなんて、何一つもってきていない。
懐に眠っているのは、折れてしまっている薬研十四郎だけだ。
何もしないよりはと、男は折れている薬研十四郎の鞘に収められた僅かな刃と柄をとりだし、手に握った。
敵は、もうすぐそこまで。
穢れで輪郭がはっきり見えない。ただ不気味に光る瞳を捉えて、一瞬の後。
しまった、と思う間もなく、男の意識はブラックアウトした。