第17章 京治さんの話
彼は、じぶんのことを 後まわしにしてしまうひとだった。
彼は、彼のために生きていなかった。
彼は、だれかのために生きようと、必死になってた。
その彼に出会ったのは、今日みたいな雨の日だった。
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ぼんやりと思い出してみた。
キャンパスは広いといっても、学内の情報は早いもので、
あの男には気をつけろやら、あのひととあのひとは付き合いだした 別れた、などなど 嘘か本当かわからない情報にあふれている。
「あの、これ」
『え、あ、ありがとうございます…!すみません気づかなくて』
「いえいえ。では」
わすれてた、傘。
これが、じぶんのために生きてなかった、京治くんとの初会話。
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「ただいまー」
『おかえり、京くん。あ、髪濡れてるじゃん』
「あめ、降ってきたから」
『はいタオル、わしゃわしゃ〜』
「… ありがと」
もう靴は脱いで、あたたかい部屋に入れるのに、わざわざわたしのために屈んだままでいてくれる。彼はとってもやさしい。
『京くん、どこ行ってたの?』
「図書館」
『え、いっしょしたかったー』
「だって すいれん、ごろごろしてたじゃん」
『言ってよー』
「ヤダ」
やだ、 なんだ、なんでだろ。
京くんの髪はすっかり乾いていたので、いっしょに居間まで移動した。京くんの胡座のうえに、ぽすんと座った。(特等席!)
「雨だね」
『そだね』
「俺、雨の音聞いてるの好きかな」
『そっか。わたし、京くんがすきだよ』
「またそうやって言う」
『すきだもん』
ちゅ、っと京くんのほうを向いて 唇を合わせた。うえを向いているから、ポニーテールした首筋にそっと触れられる。すすす、と手を滑らせる。
「俺も、すきだよ」
『えへへ』
彼は、いま、果たして じぶんのために生きてるかな。
こんどきいてみよう。