第12章 風間千景の駆退
「そうと決まれば長居は無用だ。
………行くぞ。」
再度差し出した俺の手に、女鬼はそっと自分の手を重ねた。
その細い手首を掴みぐいと引き上げ、女鬼の身体を俺の腕の中に閉じ込める。
そのままその場を去ろうとした俺と女鬼に向かってまた男は声を上げた。
「その浴衣っ………」
俺の腕の中で女鬼は男を見下ろした。
「やっぱり良く似合ってる。」
浴衣……今、女鬼が着ている浴衣か?
確かに紺藍の浴衣も雌黄の帯も女鬼の白くて艶やかな肌を際立たせ、まるで誂えたかのようだ。
そうか……この男が用意した物なのか。
ふん……人間の目利きも中々の物だな。
多少はこの男に敬意を払ってやるのも吝かでは無い。
見上げる男と視線を絡ませ、微笑みながらぽろぽろと涙を溢す女鬼の身体を一層強く抱き寄せながら俺は言った。
「一応お前には礼を言っておく。
お前のお陰で俺はこいつを妻取る事が出来たのだからな。」
「この娘の事……頼んだからね。」
「それは杞憂というものだ。
お前に言われずとも俺がこの上無い程、幸福にしてやる。」
男は満足気に頷くと、女鬼に向かってまたにっこりと笑った。
「良かったね。
…………元気で。」
その言葉に女鬼も涙声で答える。
「貴方も……。
今までありがとう。」
どうやら女鬼の心も決まったようだ。
俺は女鬼の身体を横抱きにして言う。
「あまり俺の妻を泣かせてくれるな。
もう良いだろう……行くぞ。」
未練を断ち切るように俺の胸に顔を埋める女鬼を見せ付けてから、俺は男に向かって最後の言葉を吐いた。
「……お前もあまり生き急ぐな。」
「余計なお世話だよ。」
男は不敵に笑う。
「ふん……そのようだな。」
そのやり取りが合図だったように、俺は女鬼を抱き抱えたまま二階の窓から飛び降りた。