第5章 原田左之助の懇篤
「それ、痛えだろ?」
細い手首に荒縄が食い込み、見るからに痛々しい。
「解いてやる訳にはいかねえが
せめて縄の下に手拭いを巻いてやるよ。
そうすりゃ少しは増しだろ……」
言いながら女の手首から荒縄を外した俺は、一瞬目を疑った。
そこには傷一つ着いていなかったからだ。
捕縛して以来、ずっと縛られていた筈だ。
土方さんに吊り上げられもしただろうし、女自身だって脱け出そうと藻掻いたに違いない。
それなのに擦り傷一つ無く、縛られていた痕跡すら全く見付からないなんて有り得ねえ。
「どういう事だ……これは。」
女の両手首を掴みまじまじと確認する俺を、逆に女の方が不思議そうな顔をして見つめている。
「まあ…傷が無くたって痛くねえ訳じゃねえよな。」
何かぞわぞわと気持ちの悪い感覚が俺の身体中を這い回っていたが、もう敢えて考えるのを止めた。
とことん情けねえが……俺はまた逃げる事にしたんだ。
持っていた手拭いで女の手首を包み、その上からまた荒縄で拘束する。
「悪いが、俺はやっぱりもう此処には来ねえ。」
女の手に握り飯を握らせて俺は立ち上がった。
「またお前の姿を見たら……
今度こそ滅茶苦茶にしちまいそうだからな。」
俺の言葉の意味を分かっているのかいないのか、何故か女は微かに笑った。
「お前もさっさと喋っちまえよ。
女が何時までもこんな所に居るもんじゃねえ。」
そう言って出口に向かった俺の背中に
「…………ありがとう。」
女の掠れた声が掛けられる。
俺は一瞬立ち止まったが振り返る事無くそのまま土蔵を出た。
外に出てから漸く振り返り、あの女の行く末に思いを馳せてみる。
俺が言える事じゃねえのは百も承知だが………
これから先、あの女には幸福な人生を歩んで欲しいと強く願った。