第1章 【冷たい手日和】幸村精市
「璃音、待ったかい?」
私の名を呼んで駆け寄るその待ちかねた声に、思わず笑顔を見せてしまい、慌てて頬を膨らませると、精市、遅い!そう言って横を向く。
待ったかい?じゃないわよっ!今何時だと思っているの?そう腕時計を指さして言うと、ゴメンゴメン、そう精市は微笑みながら私の手を取って、寒さで赤くなった私の指先にそっと唇を落とす。
「こんなに凍えて・・・すまなかったね。」
そう言って精市は私の指にキスしたまま額同士をあわせるから、そのお互いの白い吐息が混じり合う距離に一気に顔が赤くなる。
「せ、精市!人が見てるからっ!」
「見たいやつには見させておけばいいだろう?」
「やだっ!恥ずかしい!」
「それなら、ここにいる全員の五感を奪おうか?」
そう黒い笑みを浮かべる精市に、そんな物騒な・・・そう呆れて苦笑いをすると、なんか気が抜けちゃって、周りの視線も気にならなくなってしまう。
本当、精市には適わないんだから、そう言ってクスクス笑い、彼の手に私の指をしっかり絡めて繋ぎ合わせる。
「ね、精市、テニス以外で五感を奪うのは、私だけで十分でしょ?」
そう彼の顔をのぞき込んで言うと、少し不思議そうな顔をした精市は、すぐにその言葉の意味に気がついたようで、璃音は本当に可愛い子だね、そう微笑んで今度は唇を重ね合せる。
私の目には精市しかうつらない。
私の耳には精市の声しか届かない。
私の皮膚は精市の感触しか感じない。
私の五感はとっくに精市に奪われている。
だから他の人の五感なんか奪わないで?
精市の五感も私に奪わせて?
あんなに冷たかった私の手は、精市の温かい手に包まれて、いつの間にかすっかり熱を帯びていた。
【冷たい手日和】幸村精市