第7章 【春風日和】塔矢アキラ
「春ですね・・・」
柔らかい春の風が部屋に舞い込み、あなたの深緑の長髪を揺らす。
聞こえてくるのはパチン、パチン、そう定期的に鳴り響く碁石の音と、サワサワと庭の木々を揺らす風の音。
急須で淹れたお茶をそっとあなたの側に差し出すと、そのまま縁側に座りその心地よい音に耳を傾ける。
大切な棋戦が終わり、またすぐに訪れる次の手合いまでの、ほんの少しだけ許される穏やかな時間。
そっと微笑んで、その穏やかな空気に身を預ける。
勝負の前のあなたはいつも余裕がなく、厳しい顔つきで碁盤の前に座っている。
その鬼気迫る様子に、棋士でない私はただ黙ってそれを見守ることしかできない。
ガシャン!そう大きな音を立てて盤上の石を崩し、苦しそうに眉をしかめ、時には涙を浮かべるその姿を、もう何度、見て見ぬ振りしただろうか。
私がもっとあなたの練習相手になれるくらいに碁を打つことが出来たなら、こんな気持ちにならずに済むのかな・・・
何も出来ない自分が悔しくて、こっそり涙を流したこともあったけど、でも本当はちゃんと分かっている。
例え棋力が対等であったとしても、私がアキラさんに囲碁でしてあげれることなんて何もない・・・
囲碁の勝負は常に自分との闘い。
誰も助けてはくれない孤独の中、忍耐、努力、辛酸、苦情、果ては絶望まで乗り越えて、さらなる高みを目指していく。
神の一手を極めるために―――