第5章 【溶けかけの雪だるま日和】夏目貴志
「璃音!!」
運ばれた救急病院の集中治療室前の廊下、長いすに座り無言で俯く俺の前を、駆けつけたおじさんとおばさんが通り過ぎる。
怒りを露わにした目つきで俺を睨むおばさんの、その鋭い視線が胸に突き刺さる。
病室のドアの隙間から見えた璃音さんは頭部に包帯を巻かれ、まだ眠り続けている。
「先生、璃音はどうなんですか!?」
「意識が戻らないことにはなんとも・・・頭を強く打っている可能性もありますので・・・」
そんな中から聞こえる会話に拳を握り締め下唇をかむ。
俺と関わりさえしなければ・・・そんな後悔が胸を襲う。
「あんたのせいよ!あんたが璃音を!!」
あんたが突き飛ばしたのを見たって人がいるのよ!そう病室から飛び出してきたおばさんに胸ぐらを掴まれ、何も言えずにただ目を伏せる。
「だから私は最初から嫌だって言ったんです!こんな子引き取るなんて、あれほど言ったのに!!」
「よさないか、今はそんな事言っても仕方がないだろう!」
そんなおじさんとおばさんの会話をどこか遠くに聞きながら、ただひたすら彼女の無事を祈り続ける。
神様・・・お願いです・・・
どうか彼女を助けてください・・・
ふと顔を上げて立ち上がる。
もう一度、病室の璃音さんに視線を向けると、それからキッと前だけを見つめて走り出す。
逃げるの!?そうおばさんの叫び声がきこえたけれど、それに構わず病棟の廊下を走り抜けた。
外にでると先ほど降り出した粉雪は、辺り一面を白く染めていた。
当分やみそうもないその雪の中を、白い息を吐きながら目的の場所まで走り続ける。
神様、お願いします・・・
彼女を、璃音さんを・・・
感じとる力はなくとも本能であなたに惹かれ、あなたに安らぎを感じている璃音さんを・・・
どうか助けてください・・・
ハァ、ハァ、と息を切らしてたどり着いた神社のお社に倒れ込むように寄りかかると、鐘を鳴らし力強く手を叩く。
椿神様、以前の願いは忘れてください。
もう彼女と椿を見る願いは叶わないでしょう・・・
でもそのかわり、この願いだけは・・・
璃音さんだけは・・・
まだ雪は降り続いていた―――