第35章 過去編:名前のない怪物
「だーいじょうぶだって。今日はあんたを捕まえに来た訳じゃない。ちょっと俺達に昔の話をしてくれりゃあいいだけさ。協力してくれたら俺達は決してドミネーターを抜かない。ただしあんたがどうしても非協力的な態度を取るってんなら、話は別だがな。」
マツダはばたつかせていた手足を脱力し、その場にへたり込んだ。
「この写真を見てくれ。」
へたり込んだマツダに、慎也がすかさず少女のホロを表示する。この一連のコンビネーションは堂にいったものだと泉は内心思う。
「見覚えはないか?」
マツダは記憶をたぐり寄せるように視線を上方へ向ける。
「最近じゃなくていいんだ。十年、いやもっと前に彼女に似た人物を見なかったか、この扇島で。」
十年と言う言葉に、マツダの目元がひくつく。
「そう言えば――。」
慎也と佐々山は身を乗り出す。
「こんなような女、昔買ったな。」
「買った?」
「売春だよ売春。随分手広くやってたから、この辺の野郎は結構世話になってるんじゃねぇかな。」
売春、と言う言葉に慎也が眉根をしかめる。それに気が付いたのかマツダは慌てて弁明する。
「昔だよ昔!もう時効だろ?今はやってねぇ!それにほんと、一時だけだ!あんな恐ろしい女、そうそう抱けねぇ!」
「恐ろしいって何が?」
泉の問い掛けに、マツダが苦々しく答える。
「初めはな、どこにでもいるウリだったんだ。どこにでもいるどころか、一番若ぇからよ、みんなありがたがってこいつを買った。でも名、そうこうしてるうちに、こいつにとんでもねぇ悪癖がついたんだ。」
マツダはもごもごと口を動かしながらささくれた指先を見つめた。痺れを切らした佐々山が怒鳴る。
「もったいつけてねぇでささっと言え!」
「言う!言うよ!こいつある時期から、やった男をみんな殺しちまうようになった。手当たり次第だよ。そんで金品から何から何まで身ぐるみはいでくんだ。だからそのうち、こいつの相手をするのは新参か、酒に酔ったバカだけになった。そのうち食えなくなったんだろうな。いつの間にかいなくなっちまった。」
3人は顔を見合わせた。少女売春に殺人――外の世界では到底見過ごされないであろう犯罪が、ここでは当然のように起こりしかも放置されている。そのことに扇島の歪んだ磁場を感じ、慎也は戦慄した。