第35章 過去編:名前のない怪物
黙ったままの泉に慎也は怒りが収まらず、乱暴にシャツを破き始めた。
その黙ったままの行為に、泉は珍しく恐怖を感じた。
「や――、ヤダ!慎也、嫌!」
「うるさい。」
聞く気の無い慎也の手は、泉の行動をねじ伏せたまま強引に進んで行く。
泉の目から涙が零れた瞬間、丁度ドアが開いた。
「日向チャン、さっきの資料なんだが――!狡噛ィ!てめぇ、何してやがる!」
部屋の中の惨状に、佐々山はカッとなれば慎也に殴りかかる。
けれどもそれをいなすようにすれば、慎也は逆に怒りのまま佐々山を殴った。
「慎也!やめて!佐々山くんは悪くない!」
「じゃあ誰が悪い?」
「それは――!」
佐々山を庇う泉が気に食わないとばかりに、慎也は冷たい視線を向ける。
「あのな!お前、いくら自分が仲間はずれにされたからってこれはないだろ!強姦だぞ、強姦!」
殴られたところをさすりながら、佐々山は言う。
「お前には関係無い。それにこれは俺と泉の問題だ。」
「い~や、関係あるね!日向チャンは大事な飼い主様だ。傷付けられるのを黙って見とく程、俺は能無しな番犬じゃないぜ。」
その台詞に、慎也はカッとなる。
「お前は泉だけの猟犬だと、そう言いたいのか?」
「あぁ、そうだ。現にお前やギノは俺の刑事の勘を信じない。語るだけ無駄だろう?だが日向チャンは違う。きちんと取り合ってくれんだよ、お前と違って!」
初めて聞く佐々山の本音に、慎也は僅かに冷静さを取り戻す。
「俺はお前の勘は信用してる。」
「良く言うよ!」
「俺は!監視官として、執行官には常に信頼を置いている。だからお前も俺を軽んじるようなことは――。」
それ以上の言葉を聞きたくなくて、佐々山はテーブルをバンと叩いた。
「だからな!んなもん初めっからねぇんだよ!俺達の間にあるのは信頼なんかじゃねぇ!ただ飼うか飼われるかの関係だ!」
佐々山の言葉に反応し、慎也の瞳に否定の炎が灯る。その炎が佐々山を、更に凶暴な感情に駆り立てる。
「狡噛、お前こないだ、刑事の勘だと言った俺を鼻で笑ったな。」
慎也の胸の内が、冷や水を浴びせられたように寒々とする。