第16章 指輪
『烏養さん、あれ、もしかして例の人っすか?』
烏野高校の練習終わりに
クールダウンをさせてた時、
西谷が外を指差した。
アキ姉?!
"謝罪ケーキ"事件(笑)から半年。
俺たちは、
すっかり落ち着いた毎日を過ごしていた。
特に目新しいことがあるわけでもなく、
至って普通の毎日。
そんな中で、アキ姉が練習を見に来た。
なかなか新鮮な出来事だ。
『おい西谷、勝手なこと言うなよ?』
『勝手なこと?』
『…結婚っていいっすよっ!!とか。
烏養さんでいいんですか?とか。』
『(笑)言ってほしいっすか?』
『言うなって!!!(笑)』
練習後の生徒たちが
"誰のかぁちゃん?"みたいな顔で
アキ姉を見ながら
大きな声で挨拶をして帰っていく。
西谷も、ニヤリとはしたものの、
『高校の頃から
烏養さんにお世話になってる西谷です。
お先に失礼しヤーッス。』
と、
必要最低限の挨拶だけして帰っていった。
…ホント、大人になったな。
マジで、俺よりずっと頼もしいわ。
初めて、学校からの帰り道を
アキ姉と一緒に歩く。
『繋心、コーチって顔してたよ。』
『(笑)なんだ、それ。コーチだからな。』
『すっごく、凛々しかったぁ。
あんな顔もするんだね。カッコよかった。』
『お?惚れ直した?』
『自分でそういうこと、言う?』
『笑うとこだし(笑)』
『…繋心、好きなんだね、コーチすんの。』
『そうだなぁ。俺、
自分が高校の頃は全然活躍できなかったけど…
でもコーチになってから、
春高で全国行かせてもらったりしただろ。
出来ないヤツの気持ちもわかるし、
どんどん伸びてく高校生の成長も、
プロになるようなヤツラの才能も努力も
間近に見てきたから。
どいつもこいつも、かわいくて仕方ねぇ。』
『それって、繋心の才能だよ。』
『金にゃならねぇけどな(笑)』
『人の成長に関われるって、
お金以上の価値だもん。続けなくちゃね。』
…今のままの俺でいい、と言ってもらえたようで、
少し、嬉しい気がした。
バリバリ稼ぐ、とか
一家の大黒柱、とかいうのではなく、
俺のやりたいことを認めてもらえた、というか。
それも、一番理解してほしい人に。
『それ、持つよ。』
アキ姉の手にぶら下がった
買い物袋を受けとる。