第8章 小さな小さな披露宴
…まぁ、正直に言えば
及川や花巻の言う通り、
興奮するシチュエーションではある。
が。
俺は一成さんのことも知ってるし、
さすがに、今、ここで、というのは
気が引ける。
でも、遺影にむかってつぶやく
彼女の言葉を聞いて、心が揺れた。
『一成さん。
病気になってからのあなたに、
"頑張ろう"って言葉しか
かけてあげられなかったこと、
すごく後悔しています…
これまでずっと、
私のために頑張ってくれてたのにね。
最後くらい、
頑張れじゃなくて、愛してるって、
出会えてずっと幸せだったって、
ありがとうって、言えばよかった…』
届けたい相手はもうこの世にいないのに、
次々と溢れてくる心からの言葉。
彼女はこれからずっと、
この後悔を抱えて生きていくのだろうか?
俺は、
彼女の後悔を和らげてあげることが
出来るのだろうか?
『アキさん…
俺のこと、ご主人だって思えます?』
『…え?』
『ご主人のつもりで
俺の名前を呼んでくれるなら…』
『…そんな…失礼じゃないですか?』
『ご主人は、アキさんのこと、
なんて呼んでたんですか?』
『…アキ、って。』
『じゃ、今だけアキって呼びますよ。』
『…はい…』
電気を消す。
『俺が見えない方がいいですよね。
…目、閉じてて下さい。』
その場にあった着物用の伊達締めで
アキさんの目を塞ぐ。
『ご主人。勝手なお願いですみませんが、
しばらくこっち、見ないで下さい』
心の中でそうつぶやき、
仏壇の遺影をカタンと伏せて、
俺は"一静"から"一成"になった。