第27章 ウェディングプランナー
始発に間に合うようにホテルを出る。
まだ、暗い。
闇に姿を隠してもらいながら、
並んで歩いた。
『何線?』
『音駒谷線です。』
『ネコマヤ線?一緒じゃん。』
『…ホントですか?』
『マジマジ。俺、二屋恩。』
『にやおん駅ですか?私、加杖。』
『かつえ?にやおんの二つ向こう、か。』
偶然にも同じ路線のたった二駅違い。
『あの…監督の焼酎の件、
夜久君と黒尾さんにお任せしてもいいですか?』
『うーん…
実は俺が昨日、あの店に行ったこと、
夜っ久んには言ってねーんだ。』
『じゃ、私も、黒尾さんに会ったこと
言わない方がいいですね?』
『秘密作らせるみたいで悪いけど
そうしてもらっていいか?』
秘密。
今夜のことは、誰も知らない。
黒尾さんと私だけの、秘密。
『じゃ…あそこ、寄ってください。』
駅の前にあるコンビニに寄って
焼酎の見積もりと資料をコピーし、
一部を黒尾さんに渡した。
『夜久君には、
私の意見ってことで報告しときますね。
あとは幹事の人と相談して、って言えば
夜久君、間違いなく黒尾さんに
連絡するはずだから、
その時に、初めて話、聴くふりして
黒尾さんのオススメを伝えてください。
夜久君、きっと
黒尾さんの意見に賛成しますよ。
監督さんのこと考えながら
じっくり選んでください。』
『…あんた、ほんとに仕事、好きだな。
さっきまでとは別人。』
『仕事が恋人です(笑)』
同じ資料を抱えて乗り込んだ
始発の電車。
半日前の日暮れ時には
予想もしなかった一夜を過ごした
私たちを乗せて走る。
秘密を抱えた二人が向かう先は、現実。
昨日までよりほんの少し、
心の中に光と風をいれて、
また、社会人の顔に戻る。
並んで座る私達。
特に、話もしない。
深入り、無用。
電車を降りたら、
知らない人同士に戻るのだから。
《二屋恩、二屋恩、降り口は、右側です。》
スピードを落とした電車の
ブレーキ音に混じって、
黒尾さんの声がする。
『俺、約束は守るから。』
…約束?
何のことだか思い浮かばないまま、
電車が止まる。
先に降りる黒尾さん。
私の前を通りすぎるとき、
確かに、その口から、こう聞こえた。
『ありがとう。』
…何に対してなのかは、わからない。
でも、そのやわらかい響きに
心が、震えた。