第27章 ウェディングプランナー
『あんたがおいしいかどうか、試してみたい。』
つい調子にのって、
そんなゲスなことを言った俺。
もちろん、冗談だ。
こういう時
"その道"のおネーさん以外は大概、
『冗談、やめて下さいよ~。』とか
『もう、黒尾さん、エッチ!』とか
『そんなに安くないです~!』とか
そんな返事が返ってくる。
でも、
彼女は、違った。
『黒尾さん、』
それまでの明るい声から一転、
心の淵に
俺の頭を突っ込んで覗かせるような、
小さく、深い声で。
そこに飛び込む覚悟はあるか?と
試すような声で。
『こんなノコリモノでよければ、どうぞ。』
…一瞬、闇が見えた。
中途半端な冗談を言った俺を試してる?
誰にでも抱かれるタイプの女?
もしくは、俺に興味がある?
多分、どれも違う。
行き場を探してる。
一人で生きていくと決めているけど
一生、誰にも触れられずに生きていくのは
また別の問題で。
それを真剣に考えたことがあるから
あんな声で、あんなことを言うんだ。
なぜそう思うかと言えば
…俺も同じ事を考えたことがあるから。
結婚しなかったとして、
この先、死ぬまで
とっかえひっかえ
女とつきあうわけでもなく
(そんなこと望んでねーし。)
じゃあ
愛あるセックスを出来る相手は
いつかいなくなるのか、と。
返事を待つように見つめる、
彼女の視線。
この後の流れは
俺の次の言葉にかかってくる。
時が止まったような緊張感。
中途半端な切り返しは
とても出来なかった。
…彼女の"女のプライド"が、かかってる。
答えのかわりに、切り出した。
『…帰るか。ごちそうさま。』
席を立つ。
…フッ…
一時停止していた時が再び動き始め
緊張感も消えた。一瞬で。
さっきのやりとりなど
まるでなかったかのように。
『支払いしてきます。先に出てて下さい。』
店の外へ。
財布を開く彼女を
ガラス越しにぼんやり見ながら
思い出していたのはトーコ。
…俺、
言ったことないけど、気付いてた。
トーコは、
俺のことを愛してくれてた。
でも、
旦那のことは、もっと愛してて。
旦那がよそで女を抱くことに耐えきれず
俺はその代わりだった、ということ。
二人でいても、俺は、一人だった。
どんなに愛しても、一人だった。