第27章 ウェディングプランナー
バスルームを出ると、
トーコがソファから
こっちを見てるのが分かる。
…目を合わせられなかった。
『ね、テツロウ、』
俺を呼ぶ声が聴こえる。
そして、たった、三文字。
短い言葉なのに、優しさに満ちて。
『…眠る?』
俺も、答える。
たった、三文字。
短い言葉なのに、全てが終わる。
『…帰る。』
『そう…テツロウ、さよなら、ね。』
『あぁ。』
服を着て荷物をまとめる俺を
『テツロウ、』
トーコが後ろから抱き締めてきた。
…もう、終わりなんだろ?
何度も名前、呼ぶなよ。
いや、
もう一度、
もう一度だけ、呼んでくれ。
テツロウ、って、もう一度。
そんな想いで、聞き返す。
『…なに?』
『ねぇ、テツロウ、』
あぁ。
彼女の声に呼ばれる、最後の響き。
そこに繋がる、
優しくて残酷な、別れの言葉。
『あなた、寂しがりだから…
早く、次の人、見つけて。
出来れば、あなたが独占できる人を。』
余計な心配、ありがとう。
…と、皮肉のひとつも言えなかった。
俺らしくねぇな。
『あぁ。』
精一杯、
普通の声で、言えたのは、
その一言だけ。
抱き締めるのも怖かった。
もうひとつ、命を抱えている身体。
荷物を手にする。
『じゃあ、』
…振り返れなくて。
振り返ったら、お互い、言ってしまう。
トーコはきっと『ごめんね』と。
俺はきっと『別れたくない』と。
聴きたくないし、言いたくない。
ドアに、手をかける。
『元気でな。』
…振り返れなくて。
もう一度、見つめあったら
もう一度、瞳をそらさないといけない。
そんなこと、できねぇよ。
だから、振り返らずに、部屋を出た。
眩しすぎる地上の星屑の中を、
一人で歩く。
本当に、一人。
心も、一人だ。
一人でいるのは
嫌いじゃないけど…
今は、
下を向いたら気持ちが溢れそうで
思わず、天を仰ぐ。
真っ暗な空に、月が、また顔を出した。
細すぎる三日月…
どうりで今夜はエネルギーが足りねぇや。
トーコを、
…突然、別れを切り出した愛しい人を…
最後に、骨まで、心まで、
食い散らかしたかったのに、
オオカミに、なれなかった。