第3章 閑話
「汚れちまった哀しみって、キッザだよなぁ…」
古ぼけた長椅子に長々と身を横たえて太宰がしみじみと呟いた。
「悲しいだけで充分切ないのにさぁ、更にそれが汚れちゃってるって言ったらどれだけだって話じゃない?あざといよねえ」
「アイツは酒癖は悪いが性格も悪い」
書類の整理をしていた国木田が真顔で答える。
「性格も悪いし女癖も悪いんだよ、最悪だよねー」
椅子の背に顎を載せて足をぶらぶらさせながら江戸川が屈託ない笑顔で毒を吐く。
「中原はさぁ、小林に女を盗られてから病気みたいになっちゃったから」
「あー、目なんかあれ以来座りっ放しで立つ気配なしだしなー」
「アイツ、自分とこから小林ンとこに屋移りする女の引っ越し手伝って小林に礼言われてたよな。ある意味感服するよ、あり得ない」
「小林も凄いよ。手伝わせるのも凄いが礼を言うのがまた凄い。嫌味にしかなってないのに気付いているんだかいないんだか。あいつも相当いっちまってるよな。頭が良すぎるのも考えものだ」
全員、感慨深い顔で考え込んで、各々男としての万感を込めて頷く。
「けど何が一番凄いって、中原のヤツがまだ諦めてないってとこだよ」
太宰が真顔で首を捻った。
「僕にはさっぱりわからないね。何なんだろうか、あの執着は」
「性格じゃない?」
元も子もない事を言って江戸川がケタケタと笑う。釣られて笑いかけた中島が、不謹慎と思ったか慌てて口を掌で覆う。
「まあ只でさえ悲しい哀しみを汚しちゃうようなヤツだからね。雪にまで降られちゃってさ。生粋のマゾヒストなんだよ、きっと」
あっけらかんとした江戸川に国木田が顔を向けた。
「好きでやっていると言う事か」
「違う?」
「違わないな」
「でしょ」
「けどアイツさあ、サディストの気もあると思うんだよ」
その中原に執拗に追い回されている格好の太宰は渋い顔で口を尖らせた。
「かもな」
書類を捲りながら国木田がどうでも良さそうに応える。あしらわれた太宰がムッとして苦情を申し立てようとしたのを見止め、中島が無理矢理話の継穂を拾った。
「なかなか報われない相手にちょっかいを出し続けるのはマゾヒストの為せる業とも言えますよね?」
江戸川がポンと手を打つ。
「なーる程。中原は報われない自分を愉しんでる訳だ。マゾヒストであり、ナルシストでもあるね、それは」