第12章 【縁下兄妹、東京へ行く】前編
その日の夜、縁下家である。
「ええええええっ。」
夜遅くに少女の声が響く。
「こら、遅いのに大声出すな。」
「せやかて(そう言うけど)兄さん」
寝間着姿で自室のベッドに座る縁下美沙は義兄のシャツを思わず掴んで言った。
「何で私まで。」
「知るかよ俺だってそう思ったよ、だから大地さんにも断ってくれって頼んだけど黒尾さんがお前が来ないなら話自体なしにするってよこしてきたってさ。」
「ひどいあんまりやっ。」
「そうだな、そう思うよ。」
言って美沙の頭を撫でる力は本当にごめんよといった目をしている。元々柔和な顔つきでそんな目をされると美沙は弱い。そっと義兄の胸に顔を埋(うず)めてもごもごと呟いた。
「もう決まってもてるんやしええよ。私ほとんど県外出たことあらへんしせっかくやもん。」
「そうかい。」
優しく言う義兄に美沙は続ける。
「知らん人いっぱいおるん。」
「梟谷は赤葦君以外お前が直接知らない人ばっかりだな。」
「迷子にならへんかな。」
「俺がさせない。」
「向こう着いたら黒尾さんどついていい。」
「それは我慢して。」
「わかった。」
ぎゅっとしがみつく美沙に力がいい子だねと呟く。気がつけば義兄に唇を重ねられていた。