第64章 【烏と狐といろいろの話 その5】
で、そんなことは気づいちゃいない縁下美沙と二口堅治の口喧嘩も最早何がなんだか、本人らも完全にわからない状況になっていた。
それでも「馬鹿」とか「阿呆」とか単純な単語の応酬ではなく、最低限何かしらの一文で言い合っているのはある意味大したものである。
「大体お前は最初っからおかしいんだよっ。」
「いきなし喧嘩売ってくるにろさんに言われとないっ。」
「にろ言うなつってんだろ学習しろ学習っAI見習えっ。」
「絶対嫌っ。」
「いっちょ前に拒否すんなこのわがまま女っ。」
「だって日本語で動画の文字起こしさしたら(させたら)無茶苦茶で結局人間が見たらんと(見てやらないと)アカンよーなやつやもんっ。」
「無駄に具体的な文句言ってんじゃねえ半分ボケの癖にってか開発者様全員に怒られろっ。」
AIまで引き合いに出して喧嘩する奴らが早々いるだろうか。
いずれにせよ、そろそろお互い言うことに無理が出始めたその時だった。
「こーら。」
縁下力でも澤村でもない、北ですらない穏やかな声と共に美沙も二口も肩をがしっと掴まれた。
途端に二口がうっ、と唸った。