第59章 【王者の恩返し】 その6
そして、次の瞬間
「美沙ちゃあんっ。」
「ふぎゃあああっ。」
「ひどいっ、何もスマホで防御しなくてもっ。」
「兄さん以外は抱っこ禁止っ。」
「縁下君っ。」
「この埸合、苦情はお受け出来かねます。」
訳がわからないと思われるので説明しておく。
まず及川がいつも通り美沙に抱きつこうとした。
いつも通り嫌がった美沙が今回咄嗟(とっさ)にスマホを突き出し、それはビターンと及川の頰に当たった。
及川は美沙の義兄に訴えたが、これまたいつも通りあえなく却下された。
及川が美沙にひっつこうとし、美沙がそれを拒絶し、及川の訴えを義兄の力が流す。
様式美、ここに極まれりである。
「何やってんの、お前。」
馬鹿じゃねえのと言いたげに松川が静かに言う。
「まっつん、もうちょい労(いたわ)ってっ。」
「この状況で。」
疑問形で松川に返された及川は次に岩泉の方を見る。
しかし幼馴染は、知らん知らんと露骨に目を合わせない。
次に花巻を見るがこちらも気づかなかった振りをしていた。
烏野、白鳥沢の連中が揃って見ている中、大分恥ずかしい奴である。
及川は僅(わず)かの間、膨れっ面をしていたが流石に察したのか落ち着きを取り戻した。
「で、改めて聞くけど、どういう状況。なんかお仕事がどうの言ってたけど。」
「そのままだ。」
牛島が答える。
「エンノシタ美沙に仕事を依頼した。」
「何の。」
「烏野との練習試合の撮影を。監督達が手配していた所が急遽来れなくなって代わりを依頼した。」
「代わりがなんでこの半分ボケなんだよ。」
今度は岩泉が尋ね、美沙は半分ボケちゃうもんと抗議するが、うるせえと一蹴される。
美沙が義兄に泣きついて、諦めろと言われている間に話は進められていった。
「監督達が悩まれている所で浮かんだ。そのまま提案したら通った。」
「待てコラ、全方位に突っ込み所しかねえぞ。」
「俺も岩ちゃんに同意。」
「提案する人も人なら承認する人も人だよね。」
及川、松川と続き、花巻もそれにと口を開いた。
「そもそも鳥野はどうだったんだよ、特にまま兄(あに)。」
「あ、いや。」
話を振られた力は少し動揺する。