第51章 【Sorry for Dali その4】
その後も縁下美沙と茂庭要は展示を見て回った。
美沙はその間もじぃっと各作品を見つめていて、茂庭はこの子どこまで脳内で入り込んでるんだろう、と思った。
観覧客の中には見ながら作品と関係のない話をずっとしている者もいるのに、それが聞こえている様子がない。
"あの半分ボケ、"
いつだったか後輩の二口堅治が言っていた。
"ボケな癖に地獄耳と来てやがる。"
つまり巨匠・ダリの前では二口がブツブツ言うレベルの地獄耳すら機能しなくなるという訳だ。
というかさっきも思ったけど、と茂庭はふと思う。
この子本当に絵の中に入ったりしないだろうな。
何かそんなような歌があった気がする。
ネットでみんなが子供の頃トラウマになったって有名なやつ、あれは真夜中の美術館に入り込んだ結果って体(てい)だったけど、確か絵の中に閉じ込められたってオチだったよな。
そんなことになる訳がないのだが、あまりに美沙がずっと入り込んだような様子のままだった為に茂庭はまた不安になった。
「美沙さん、」
そっと自分より細い肩に手をおいて促す。これくらいなら美沙も嫌がらないし、縁下力も聞いたところで怒らないだろう。
「そろそろ進もう。」
人が多いと言っても、今実際のところは美沙のせいでつっかえている訳ではない。
それでも落ち着かなくなっていた茂庭はそういって美沙を先に進ませたのだった。
そうして客の流れに乗りながら進んでいくうちに最後の展示に来た。
「最後の最後で、」
美沙が呟く。
「シンプルやけど難しい感じの来ましたね。」
「そうだね。」
茂庭は頷いて、薄いブルーグレーの布のような背景に幾何学的な線やバイオリンの影のような図が描かれたその作品を見つめた。
サルバドール・ダリ、最後の絵「ツバメの尾」だ。
「ただでさえ数学の成績悪くて兄さんに怒られるのに、こんな四次元理論がなんたらなんて全然わからへんです。」
設置されたプレートに書かれた解説を読みながら美沙がブツブツ言っている。
作品のモチーフについて書いている箇所で訳がわからなくなったらしい。
もっともそんなものは茂庭にだってわからない。