第50章 【Sorry for Dali その3】
3枚のパネルで構成されたうちの右側で支え合って歩くミイラのような2人は誰なのだろう。
左側のパネルで砂に埋もれているように見える町は一体。
一番奥に見える空、左から真ん中のパネルの端にかけて固まっている雲に不穏なものを感じるのは気のせいだろうか。
「茂庭さん茂庭さん、」
絵に魅入られていたら縁下美沙がひそひそとしかし興奮したように言ってきて、茂庭はハッとした。今度はどうしたんだろうと思う。
しかも美沙は茂庭の服の袖をクイクイ引っ張っていたものだから内心焦った。
おそらく無意識に義兄の力へやっているのと同じノリになっているのだろうが、本当にこの子はと思う。
色々あった人生の割に何で自分に対してこうも無防備なのか。
「どうかしたの。」
動揺を押し隠して茂庭もまたひそひそと返す。
美沙はというと少し照れたような様子でそっと絵を指さした。
「何かこの絵、キリコに似てません。」
「キリコってイタリアの。」
美沙は黙って頷き、茂庭は改めて巨大な作品を見つめ直す。
ジョルジョ・デ・キリコといえばシュルレアリスムに多大な影響を与えたというこれまた偉大な画家である。
「ほらあの、」
小さく美沙が付け加えた。
「女の子が誰もおらん悪夢ワールド的な通りで輪っか転がしてる絵に。あー、タイトルど忘れしてもた。」
悪夢ワールド的な通り、という表現が美沙クオリティである。
当人は例によって思ったままを言っているのだろう。
「"通りの神秘と憂愁"の事だね。」
「それそれ。」
「多分美沙さん、合ってるよ。」
茂庭は言って作品の側に設置されたプレートの解説に目をやる。
そこには確かに美沙の言うキリコの作品の影響について書かれていた。
「似てると思(おも)たらなるほど。」
美沙もまたプレートを見て呟く。
「キリコ先生も偉大ですな。」
「そうだね。」
茂庭は言って作品にまた視線を戻す。
明るく見えて暗い何かを感じる空間、中央のパネルの奥に見えるテラコッタ色の塔、もし絵の中に入って奥まで突き抜けている出入り口を通ったらどうなるのだろうという妄想にまで入ってしまう。
恐ろしく引き込まれる作品だった。