第50章 【Sorry for Dali その3】
「外はそうでもなかったですけど」
妙に通りやすい声であるところをかなり頑張って美沙が小さく言った。
「中入ったらようけ来てはりますね。」
「うん、流石ダリだよな。」
茂庭は頷き、ちらりと周りに目を走らせる。
「シュールレアリスムの大家ですもんねえ。」
「俺としては美沙さんがダリにも興味があるのが意外だったけど。」
「意味が理解出来る訳やないけど、抽象的なんも好きですよ。ダリ以外やったらマグリットとか。」
「そうなんだ。いいね。」
話している間に展示室の入り口が見えてきた。
そして、かつて縁下力や及川徹が経験した事を茂庭要も経験する事になる。
「わあ。」
縁下美沙が小さく感嘆の声を上げていた。
今、美沙と茂庭は「記憶の固執」という作品の前にいる。
こういう展覧会に来た時の常で美沙は食い入るように絵を見つめていた。
茂庭だって勿論おおお、と内心感動して鑑賞していた訳だが、美沙と来たら人が多い中で少しでも長く見ようとせんばかりの凝視っぷりなのだ。
随分と夢中なその様を茂庭は可愛らしいなと思う。
この子あんまりそういうのを見せないけど、と茂庭は考える。
縁下君はあんまり見せないそこが好きで美沙さんを大事にしたがるんだろうな。
もっとも縁下力の場合は愛が行き過ぎ説が有力である。
茂庭がそんな事を考えているうちに、既に2人は人の流れに乗ったまま「記憶の固執」から離れて別の絵の前に来ていた。
「美味しそう。」
美沙がぼそっと花より団子的な発言を漏らし、茂庭は苦笑する。
「そうだね。」
作品は「パン籠」だった。写真かと思うくらいリアルに描かれた籠の中のパンの絵、見た目によらず大食いの美沙がそう思うのも無理はない、かもしれない。
とはいえ描いているのはなんと言ってもサルバトール・ダリであり、そのまま静物画を制作した訳がないのは当然である。
「これがほんまの食べられないパンですかね。」
「なぞなぞにひっかけるあたりが美沙さんらしいな。」
「まぁダリ先生が描きはったあたり、何か別の意味があるんでしょうけど。」
茂庭は目を丸くした。何だ、そういうことも感じるんだ。
思うより自分は縁下美沙を過小評価していたようだ。