第9章 【ホワイトデーの話】
その日は近づいていた。
「どうしようか。」
縁下力は店の中でうんうん唸りながら棚に並ぶ愛らしいパッケージの菓子を見つめていた。あれがいいかな、でもこれも喜びそうだなと一生懸命考える頭の中には1人の少女の顔が浮かんでいる。
「ホントにどうしよう。」
首を傾げて力は呟いた。何を悩んでいるかと言えばホワイトデーのお返しである。相手は仲間に病気扱いされるくらい愛している義妹の美沙だ。先日バレンタインデイにこの義妹は一生懸命自分の為に選んだのだとチョコをくれた。行事の類には執着が薄く、気をつけないと自分の誕生日も忘れるような義妹が顔を真っ赤にして包みを鼻先に突き出してきた姿を思い出すと力はついニヤニヤして怪しい奴になってしまいそうである。
そういう訳で義兄の立場としてはまさか何もしないという訳には行かなかった。美沙のことだ、何も考えておらず何も要求してこないだろうけどそうしてやりたかった。
「で、今も悩んでる訳。」
放課後、烏野高校男子排球部の部室にて2年仲間の成田一仁が着替えながら言った。
「うん。」
「今更だけどホント入れ込んでんな。」
呆れたように言うのは同じく2年仲間の木下久志である。
「ただでさえ腕輪だろ、リボンだろ、指輪もあげてさ、これ以上何貢ぐつもりだよ。」
「行事何それ美味しいのみたいな奴がわざわざ誕生日祝ってくれた上にバレンタインもくれたんだから何もしないわけに行かないだろ。」
「そんなもんかねぇ。」
木下は首を傾げ、そこへ成田がまあと苦笑交じりに口を挟む。
「美沙さんが来たばっかの頃名前呼べない会話できないって悩んでたのが嘘みたいなのはいいことだけどさ。それでもそこまでするか。」
「別にいいだろ。」
力は顔を赤くして呟く。
「俺がそうしたいんだから。」
「相当妹が可愛いのな。」
ニヤニヤする木下に言われて力は更に顔が熱くなった。成田が流石にその辺にしといてやれと言うがもう遅い。
「可愛いよ、悪いかよ。」
少々開き直って力は呟いた。
「あいつ普段あんな顔して何かあげたら凄く喜ぶからさ。」
「何というツンデレ。」
「木下、それ美沙に直接言うなよ。」
「言わねえって、田中や西谷じゃあるまいし。」
木下がそれを言ったタイミングは少々悪かったようである。