第6章 【初めてのバレンタイン】
「うーん。」
縁下美沙は悩んでいた。それはもう禿げ上がる勢いで悩んでいた。
「美沙さん、どうしたの。」
隣の席の谷地が心配して声をかける。
「んと、もーすぐバレンタインやん。」
「うん。」
「私行事にあんま関心なくてやな、今までバレンタインもスルーしてたんやけど折角やからお父さんと兄さんに何かあげたいなと思て。」
「いいね、それ。きっと喜ぶよ。」
「ところが一個困ってて。」
「どしたの。」
「世話になってるんやったら男バレの皆さんにも義理チョコ的な何かを差し入れすべきかどうなんかと。」
「えっと。」
「ほら、谷地さんと清水先輩で配る分用意してる言うてたやん。流石に私からはくどすぎるやろかとか何とか考えてもて。」
ああ、と谷地は言った。
「でもそっちは美沙さんは気にしなくても。」
「と、私もいっぺん思た。ところがや、こういう事になると田中先輩と西谷先輩が兄さんにお前妹からもろたんかって聞き出してそっから派生して縁下ずるい俺らも義理でええからほしいとか何とか言いだすことも予想されると思わへん。」
「え、えらいところまで予想しちゃったんだね。でもあり得る。」
谷地は苦笑した。
「しかし言うても私部外者やし他の人に迷惑になったらあかんしとめっちゃ悩んでもて、今ここって感じやねん。」
谷地は美沙の思考が堂々巡り状態であることを理解したようだ。
「うちのみんなはそんな細かく気にしないと思うよ、美沙さんからでも喜んでくれると思うな。」
「せやろか。」
「うんっ、大丈夫っ。」
谷地に元気よく言われて美沙は勇気が湧いた。
「谷地さん、ありがと。よしゃ、ほな僭越ながら男バレの皆さんのも用意しよ。」
言って美沙はえーとそうなるとと呟いてスマホのメモアプリに高速で何やらメモを始めた。無駄に早いフリック入力に谷地は流石美沙さんと呟いた。
細かい事は置いといて美沙は水面下でゴソゴソと初めてのバレンタインに向けて用意を始めた。部屋に籠る時間がいつもより多い為、義兄の力には何か企んでいるのがバレバレだったが
「大丈夫やって、悪い事はしてへんから。」
と笑顔で返すという新しい技を編み出した。半分ボケだって進化する。