第18章 【初めてのアルバイト】前編
少年はその時父の部屋に畳んだ洗濯物を運んでいた。当の父はおらず何となく気になって辺りを見回していたら置いてある小物入れが目に止まった。誰もいないのを確認してからそっと蓋に手をかけてみる。鍵はかかっていなかった。あれと呟く少年の目には明らかに高校生の息子がいる男性が持つとは思えないものが映っていた。
「何やこれ。」
思わず独りごちると後ろから母に声をかけられて少年は心臓が止まりそうになる。
「あ、おかん。」
振り向いた先にいた女性は眉をひそめる。
「おかん言いな。(言いなさんな)」
関西弁だ。
「あんた勝手にお父さんの開けたらアカンで。」
「ごめんつい。せやけどこれ何なん。」
む、と呟いて女性は息子の横から小物入れを覗き込んだ。
「これまだ持ってはったんや。とっくにほった(捨てた)もんやと思てたのに。」
呟く母は懐かしそうである。
「おかん。」
高校生時代の縁下力にそっくりな少年は首を傾げ、母はゆっくりと思い出を語り始めた。
15歳の縁下美沙は学校でキョトンとしていた。
「へ、バイト。」
話を持ちかけた相手は頷く。過去、あの青葉城西の及川のファンである彼女が美沙を階段から突き落とした事件があったがその後和解したというなかなかの経緯があったりする。
とにかく彼女が言うには短期間親戚筋の店を手伝って欲しいのだという。元々は自分が言われていたのだがその期間は都合が悪いらしく知っている者を当たってみるという話になったらしい。
「うーん」
美沙は唸る。祖母と2人暮らしの過去がある割にはアルバイト自体した事がなくしかも人見知りの自分につとまるだろうか。ほんの少しだけ考えて美沙は答えた。
「バイト未経験、人見知りでもええんやったら。勿論お父さん達に許可もらえればやけど。」
相手は喜んだ。じゃあ後親御さん達の方よろしくと言う。
「うん。」
美沙は頷く。でもとここで相手は言った、声かけといてあれだけどちょっと意外。
「や、実は欲しいもんがあるんよ。お小遣い貯めてからと思てたけどせっかくの機会やから。」
言う美沙の顔は少し赤くしかも視線が横に逸(そ)れていた為、この時相手はさてはお兄さんが絡んでるなと思ったという。