第20章 ・過保護野郎
及川と岩泉に遭遇したその日の夜、いつも通り義兄の若利が帰ってきた。
「おかえりなさい、兄様。」
若利はただいまと低く呟いてふと座っている文緒に視線を落とす。
「今日は大事はなかったか。」
まさか聞かれると思わなかった文緒は目をぱちくりさせた。一瞬言葉につまってからとりあえずこう言った。
「大事かどうかはわかりませんが一応お耳に入れたい事はあります。」
今日日(きょうび)こんな物言いをする15歳がいるのかは置いておこう。
「そうか。」
「詳しくは後ほど。」
「ああ。」
とても高校生の兄妹とは思えない会話は一旦終わった。
今度は夕食の最中である。義母がふと文緒は大分こちらに慣れてきたかと聞いてくる。
「はい、ボツボツと。」
文緒は答え義母はそうと呟き、若利はどうかと息子に話を振る。
「特に問題はない。」
当の息子はこの通りだ。しかし母は更に踏み込む。
「よくわからない。」
母に仲良くなっているようだけどと言われた若利はそう答えた。
「ただ、話し相手としては悪くないと思っている。」
それを聞いた文緒は少し顔を赤くし、義母と祖母は顔を見合わせて微笑み合う。更に若利は余計な事を口にした。
「あと、こいつを1人でウロウロさせて大丈夫なのか。」
「兄様っ。」
文緒が声を上げるがもう遅い。義母と祖母はキョトンとしていた。案の定義母はどういう事かと問う。
「胡乱な奴についていきそうだ。」
「兄様、私を何だと。」
「そのままだが。」
「何て事っ。」
見れば義母と祖母が笑いを堪えていた。これはひどい。
「兄様、私は別にお菓子あげるからなどと言われてついていったりしません。」
「しかしお前は人を疑う事を知らないだろう。」
「それを兄様が仰(おっしゃ)いますか。」
「何。」
「だから他校の及川さんや岩泉さんにまで天然と言われるんです。」
「今何と言った。」
「あ。」
口が滑った。文緒はしまったと思うがもう遅い。