第15章 ・無自覚に縮まる距離
「ありがとうございます、兄様。」
文緒は言って義兄を見上げた。側にいろと言われる事には異論がない。いやむしろ、
「むしろお願いです、どうか私を出来るだけお側にいさせてください。」
無意識に切なそうな目で文緒は若利に乞うた。
「ああ。」
若利が呟き、途端に機嫌が悪いのが丸出しだった空気が穏やかになる。若利の手が自分の肩から離れようとしたので文緒は自分も手を退(ど)けた。退けたほんの一瞬若利がその指の細さに気がつき内心ギョッとしていた事は知らない。
「ところで」
若利が言った。
「まずお前の帰りはどうするか。」
「あの兄様、」
文緒は流石に軽く引いた。まだその話題を続けるのかとすら思う。
「そう心配されずとも私は兄様より早く帰るのですから大丈夫です。」
「知らぬところで胡乱(うろん)な奴に話しかけられる可能性がある。」
「兄様の中で日向達は胡乱な奴なのですか。」
「お前が天然でなければ心配の必要はないのだが。」
「に、兄様に天然と言われたくありませんっ。」
「俺は天然ではない。」
「誰も納得しませんからっ。」
「それはお前もという事か。」
「当然です、って、ああっ。」
勢い余って本音を言ってしまった文緒は慌てて自分で自分の口を塞ぐがもう遅い。まずいと思った。若利がまた機嫌を悪くするかもしれない。
「そうか。」
しかし若利は怒らなかった。それきり黙って義兄は身を乗り出す。文緒が何だろうと思っている間にまた両肩を掴まれた。そのままかなり強引に向きを変えられ、文緒は若利の隣に座る格好になる。
「え、え。」
動揺する文緒を他所に若利は淡々と呟いた。
「次からもこうしろ。」
「つまり。」
「隣に来い。」
文緒は目を見開いて若利を見つめる。しかし義兄の顔に特に変化はない。
「側にいるのだろう。」
「はい、兄様。」
文緒は笑って答える。内心で義兄がまた笑ったと少し動揺している事など知らない。