第36章 ・牛島兄妹、留守番をする その4
母と祖母がしばらくいない事は文緒の義兄である牛島若利にも勿論影響した。
夜の事だ。若利の部屋の扉を叩く音がする。
「開けていい。」
「失礼します。」
部屋の扉の隙間から顔を覗かせるのは勿論義妹の文緒である。
「兄様、お風呂がわきました。」
「ああ。」
文緒に返事をして若利は腰を上げる。
「上がったら教えてくださいな。」
「わかった。」
「今日は私が最後ですから換気扇はこっちでつけておきます。」
「わかった。」
「そうそう、濡れたタオルは洗濯籠にいれないでくださいね。タオル掛けにかけておいてください。」
「わかった。」
そこまで返事をして若利はふと思った。
「俺は子供ではない。」
「申し訳ありません、つい。」
「謝れという意味ではない。」
「そうですか。」
ではと言って去ろうとする文緒、しかし若利はそっと近づき不思議そうな顔をする義妹の頭にそっと手を置いた。
「兄様。」
疑問形で呼びかける文緒を若利はただ見つめる事しか出来ない。何故そうしたのか自分でもはっきりはわからないのだ。ただそうしてやりたいと思った。
「不思議なものだ。」
「何がでしょう。」
「まさかお前から世話を焼かれるとは思わなかった。」
「そんなつもりはなかったのですが。」
「そういう事があっても良いと思う。」
「兄様が良いなら私も良いです。」
「風呂に行ってくる。」
「はい。」
頷く文緒に背を向け、床をきしませながら若利は風呂に向かった。
それから若利は風呂を済ませて部屋にいる文緒に声をかける。文緒は扉から顔を覗かせてポテポテと風呂に向かっていく。小動物のような動きだと若利は思いつつ、自分は部屋に戻った。そのまま寝てしまっても良かったはずである。しかし若利は文緒が上がってくるまで月バリに目を通したりして待っていた。文緒が自室に寄らなかったらどうするのかなどとは全く考えていない。あれの事だから終わったらやってくると本気で思っている所が若利である。
しばらくして自室の扉が叩かれた。
「兄様、文緒です。お風呂あがりました。」
「ああ。」
「ではお休みなさい。」
そのまま文緒は扉を開けもせず去ろうとするが若利は待て、と声をかける。
「こちらに来い。」