第26章 ・困惑と宣言
文緒は人生初の事態を受けた。相変わらず中庭で昼食にしていた。横にはやはりなのか何なのか瀬見が陣取っていた。途中までは一緒だったのだ、弁当を食しながら他愛もない話をしていて文緒が何が言うとたまに瀬見に頭をコツンとやられる。本当にはたから見れば若利とどっちが兄なのやらよくわからない。
事は食し終わってから瀬見が妙に改まった様子を見せてからだった。
「あのさ、文緒。」
「はい。」
意外な事だが瀬見から面と向かって名前をまともに呼ばれたのは初めてな気がする。
「ちっと言いたい事があって。」
「何でしょう。」
首を傾げる文緒に瀬見もまた顔が赤い。何やらうぐぐぐとなっている瀬見の様子に文緒は身構える。しかしあまりそれは意味がなかった。瀬見が文緒をぐいと引き寄せる。そして何事かを囁いた。
「え。」
耳元で囁かれた言葉に文緒は目を見開いた。思わずバッと身を引いて瀬見を見つめる。しばらく2人は沈黙した。
「私、そんな、考えた事がありませんでした。」
しばしの沈黙の後、やっとのことで文緒はそう言った。
「そうだろうな。」
瀬見はわかっていたような反応だ。
「どうして私なのでしょう。」
野郎から恋愛感情を告げられることなど文緒にとっては初めてだ。少なくとも今までは男女問わず文緒は嫌われ者ポジションだった。当世風でないお嬢様で変わり者、見た目は大人しく何でも言いなりになりそうな癖に意外とそうでもない可愛げのない奴(それは完全に相手側の都合だが)、そういう方向で嫌がられていた。白鳥沢に来てからは五色のおかげなのかクラス内でひどい目に遭わされてはいないけれどもまだまだ敬遠されている節があるし、先日あったように合同で行う授業の場合は他のクラスからどさくさに紛れて害を加えられる事がある。例外として義兄は文緒を少しずつ理解しようとしているがそれは自分が家族となったからであると解釈していた。
いずれにせよ困惑する他ない文緒をしかし瀬見は怒らずに見て言った。
「お前どんだけ自分に自信ないんだよ。」
「初めての事なので。」
「まぁそうなんだろうけど。その、なんだ」
瀬見は一瞬恥ずかしそうに目を伏せる。