第5章 亜久斗の心
九条とかいう男の話をしている時の雪華は、とても悲しそうだったけど、なんだかとても愛おしそうだった。
今でもその九条っていう奴のことが好きなんだろうかと思うと、どうしようもなく胸らへんがモヤモヤした。
「と、まぁこんな感じかな」
何でも無いように振舞っているが、雪華の瞳には少量ではあるが涙が溜まっていた。
「…その九条って奴に、会いに行こうとはしないのか」
「はは…あっちは私のことなんて覚えてないし、所詮未熟者の天使のチカラ。大した年数は延ばせない」
涙を隠すためなのか、俯きながら言う雪華が、なんだかとても小さく見えた。
「…っ」
声が、漏れる。
雪華が、泣いている。
会ってから時間が経っていないことは百も承知だ。
でも、なんだか放っておけないというか…。
会った時から変に強がっているとは思ってた。
でもそれは、不意に九条を思い出すのが怖かったからなのか…て、それは俺の考えすぎか。
「…雪華」
「!」
思わず名前を呼ぶと、雪華は目を大きく見開いて俺を見た。
その瞳には、さっきより大量の涙。
唇も震えている。必死に我慢している。
「…っ!」
俺は無性に雪華が愛おしく思えて、その小さい体を俺の腕の中におさめた。
それがきっかけになったのか、雪華は声を上げて泣き始めた。
強がって、大人びいた雰囲気をまとった人間としての雪華は、そこにはいなかった。
ただ愛する男を思い、その切なさに涙する一人の天使がそこにいた。
俺は、九条が羨ましくも思えていた。